本当に大切なことは誰にも教えたくない

10年ほど前からメンタルを傷つけて病んで悩んで、自分なりに導き出した結論。たまに日常。

亀も羨む鈍間な歩み

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うつ病を発症して休職となってから、一年が経とうとしている。すなわち我が社の社内規定に則ると退職のリミットが近いということだ。

心身ともに復調を目指したものの、残念ながらこの一年弱に送った亀も羨む鈍間な歩みでは、復職は叶わないどころか失業してからすぐ再就職先を探す活動を始められるわけではなさそうだ。きっと長い時間、社会から隔絶される。

主治医にも親にも上司にも、まず病気を治す事を第一に考えて、その先のことを考えるのはその後だ、と何度も言われている。それでも加齢によって狭まる選択肢や山積する医療費に追い詰められるようにして将来の生き方を考えてしまうのは、人間のさがか個人の悪癖か分からないけど、日々憂慮に堪えない。

実際問題は別として、精神的にここまで追い詰められるなら多少体が動く内に資格とか免許とか、そんな目に見える能力で貧弱な心身を飾り付けておけば良かったかもしれない。

 

もう遠い昔の他人の出来事のように感じてしまう大学院生の頃、思えばその頃から自分には地力が無いことは分かっていた。同期の二人は先輩や教官に褒められ後輩に慕われていたけど、俺は褒められた機会なんて無かったし、後進からの尊敬を感じたことも無かった。自分に能力がないことは分かっていたけど、それでも研究は楽しかったし、得られた結果は他のどんなに偉大なものより面白く可愛く見えた。

研究者だった当時は、正しい手順で測定し、正しい手順で解析を行えば、正しい結果が得られるのは当たり前のことで、あとはそれをどう解釈するかが研究者たる人間の資質が浮き彫りになる手続きなんだと考えていた。そういう意味では自身の考察を組み立てた解釈たちはあまりに直感的で、希望的観測を生む感情に訴える論証に肉薄した危ういものだったかも知れない。つまり自然科学の研究者としての資質は無に等しかったのだろう。その証拠に進捗状況を聞いた研究グループの諸先輩方は大抵苦い顔をしていたのをよく覚えている。ちなみに、俺自身が彼らを尊敬していたかどうかはここでは秘密だ。

 

このように、冷静に振り返れば研究者を名乗っていた頃から力の無さを自覚していたのだから、賢明にそれを補う選択を取ればよかったのに、と過去の自分を恨めしく思う。そしたらもう少し尊敬すべき方々に褒められるチャンスが増えたかも知れない。

 

ここまで臆面もなく誰かに褒められたいと思うなんて、また一段階年をとったな。

 

一人で年をとるのはそこそこ寂しい。