本当に大切なことは誰にも教えたくない

10年ほど前からメンタルを傷つけて病んで悩んで、自分なりに導き出した結論。たまに日常。

うまく進まなくともこれが新たな一歩

多分人生で一番生の実感が強い時間を過ごしている。TwitterFacebook、LINE、ブログなどで悲鳴を拾ってくれた人、その後掛け替えのない存在になった人らとは、味わったことのない深い親しみの領域へ進展している。今はもう、身を心配してくれる多くの友達に恵まれているし、みんな事情がありながら、それぞれの立場で俺の身を案じてくれている。

あらゆる手段を講じたが、結果的には見事に俺が立ち直るのに必要な分だけ、救いの手を差し伸べてくれる人が現れた。

 

ここまで満たされると、今までどんなに辛くても流れなかった涙が自然と溢れてくる。また生きる理由ができた、夢が叶うのはまだ遠く先、どっちの意味でも初めての種類の涙だ。

今まで腹が立つほど軽率で迂闊に見えていた表情も今は愛おしく、舞い戻ったことを嬉しく思う。目は輝いてるし、口はにこやかだし、舌は滑らかだ。顔も少し日焼けして、似合わないほど健康的だ。再び見た目にもちゃらんぽらんな雰囲気が戻ってきたじゃないか。

 

 

自暴自棄になっておかしくなる自分を想像している暇はない。周囲の人の力があれば、そのボーダーラインは視界の彼方へ遠退いていく。

復讐ってほどじゃないけど、またしばらく生きる為の理由をくれた方々の名前を列挙して感謝の意を伝えたいくらいだ。 迷惑だな。でも本当に一人一人の下に出向いて感謝を伝えなければならないとは思ってる。まとまった時間があれば、直ぐにでも。

もはやこうなった以上、俺の周りには心からお世話になったお礼をすべき人しかいない。

みんなを遺してこの世界を去ることもしない。

夏にはみんなに宮城土産を用意したい。

 

うまく進まなくともこれが新たな一歩。