本当に大切なことは誰にも教えたくない

10年ほど前からメンタルを傷つけて病んで悩んで、自分なりに導き出した結論。たまに日常。

「何もかもクソ」

 現在はシステム開発の研修に取り組んでいる。お話できる友人は割と沢山いるし、ディスプレイに釘付けになってコードを書くのは割と楽しいと思える。でも、業務が終わって、帰宅している時に大抵心の中にあるのは

「何もかもクソ」

ばかりだ。心は満たされているが、なんか不純物ばかりで綺麗な充足感を生成するのに苦労している感じ。わかりにきぃ。

 

 でもねえ、最近気付いたんだけど、この感覚は俺味わったことあるんだよね。

 どこでかと言うと、大学、だ。

 大学は学部と修士課程を合わせると6年間もいた機関なわけだが、最初から最後まで楽しいことで埋め尽くされていたわけではない。最初の2年間は、物理は好きだったけど、退屈だった。友達も数人いたけど、なんか満たされなかった。

 

 帰り道で思うことはやはり

「何もかもクソ」

だった。

 

 当然大学院進学など真剣には考えていない。

 

 だけど、学部三年の春に、結局お世話になる教授の講義を聞いて、俺の物理観がガラッと変わって、大学生活に光明を見出した。それから卒研と修士の研究活動は非常に充実していて、最後の最後は好き勝手やらせてもらった。

 

 このように、俺は「何もかもクソ」を経験済みで、それを少しの間だけ耐えてみると、3年目に楽しいことが待っていることを知っている。当然、社会人でも同様な結果が生まれる保証なんかどこにもない。

 ただ、それでも今の俺は過去の経験を省みて、自分の未来の可能性に期待が持てる状態にあることは確かで、大学がつまらなくて途中でやめてしまったらこの感覚は手に入らなかったと思う。

 だから今すごくつらい時期だけど、三年は続けていきたい。そしたら経験上6年目まで続くらしいので、30歳までは何とか自死を決意しなくて済むかもしれん。