本当に大切なことは誰にも教えたくない

10年ほど前からメンタルを傷つけて病んで悩んで、自分なりに導き出した結論。たまに日常。

男らしさは何処へ行く

 最近はもう男に向かって「男のくせに〇〇だ」とか言ったら大問題になり兼ねない世の中になりつつあるんでしょ?    俺の生活圏では実感わかないけど、社会で起こる様々な出来事は、確かにそういう方向に進んでいるように見える。

  では「男のくせに」や「男なのに」、「男なら」などが消えていく中で、その原因となる「男らしさ」はどう扱われていくのだろうか。

「男のくせに」と「男らしさ」

 そもそも「男のくせに」が発動するきっかけは、多分対象となる男の人の言動や行動と、言った人の中での「男らしさ」の間で齟齬が生じたからだと思う。Wikipediaで男らしさの項を覗いてみると、男らしさの定義は千差万別で、万人に共通した概念が確立されているわけではないらしい。だから意外とみんな自分勝手な考え方を押し付けるように使ってしまっているという事だ。

 それでも、常にその人なりの「男らしさ」があるのは確かで、男である俺にも一応理想の目指すべき男性像みたいなものはある。だから、男なのに〇〇だなあと思うことだってある。ただ、実際のところ自分の中に男らしさが先にあって男のくせになのか、男のくせにと感じてから男らしさが確立されるのかは正直今となっては分からない。

男らしさは何処へ行く

 社会が「男のくせに」を言わなくなったら、男たちはどんな姿形になっていくのだろうか。彼氏や夫、父親が今の社会では到底理解できない男らしさを発揮し出しても、今は色んな男らしさがあるからね、で済ませる準備が出来ている人がどれだけいるか。

 色んな男らしさが存在していて良いとは思うけど、例えばリーダーシップがあるとか例えば忍耐力があるとか、一つの社会が認める男らしさというものを確立して守っていかないと、世の中から男っていう生物が消えちゃうのかなあと寂しくなる。

 俺は俺個人に対してだけは、俺が思う「男らしさ」を押し付けて生きていきたい。まあ俺自身自分の男らしさをほとんど達成できていないので、ここでは俺自身のことはあまり語りたくないけどね。