本当に大切なことは誰にも教えたくない

10年ほど前からメンタルを傷つけて病んで悩んで、自分なりに導き出した結論。たまに日常。

【2017まとめ】私が面白いと思う私を

日常生活について

 今年は体調の乱高下が本当に激しい一年だったと思う。

 大学の医務室でデスワードをつぶやいたら親を呼び出されたり、セロトニン症候群になって実験ができなくなったり、体が動かなくて布団から出れなくなったりと、選り取り見取りってやつだ。

 それ以外にも友達にネガティブなメッセージを送りまくって、時間と気力を浪費させてしまった。我ながら無様で、救いようがない姿だったように思う。ただ、そういう自分にも寄り添ってくれるなら、もう少し自分が面白いと思える自分になりたいと思えるようになった。

 これ以上卑下して生きていくのは、きっと面白くないので恥を恐れず私が面白いと思う私を世界に認めさせてみせる。

 今より恥をかくことがあるとしたら、私はこの世界は本当に広くて深いものだと思う。

研究について

 一年間論文を書き続けて結局、投稿出来るまでになったのがつい最近で、プレリミナリーでも何でもない報告になってしまったことを一生後悔するんだろうなと思う。それでも教授は投稿するべきだと後押ししてくれるから、今は力が湧くうちに真っ直ぐ進むだけだ。

 フルペーパーに関してはもっと自分の体の事に気を付けて、自分が一番ガッカリしない方法を探しながら進めなきゃいかんなと思う。その方法とはつまり、いま力がある内にやってしまうというシンプルなものだ。

 

 私は昔から面白いと思ったことは、自分が心から信頼している人にも伝えたがらない性質で、それは研究者には全く向かない性格だったなと今更になって理解した。

 面白いと思ったことを発見したら、周りの連中に自慢して回るくらいの気質がなければ、本当の科学の研究者としては成長が遅れてしまう。周りがそんなことを話しているのを盗み聞きして、少し落ち込んだりもしたけれど、私には私の研究の仕方があって、その感覚を失ってしまうことの方が怖い。今日まで、満足ではなくともまあまあ楽しく納得してやってこれたこの感覚を最後まで大事にしてあげたい。

 また、世の中のためになるようなことなど、今更どうでもいいけど、自分が面白いと思ったことは、即時的に得られる利益がなくとも、社会の流れを少しでもいい方向へ進めるのであれば、追求しなければならない。

 その為の科学倫理の教育には時間は厭わない覚悟でね。

 

 あと数カ月でこの生活も終わる。きっと全てが新しくなる。それでも、それでも自分を見失わないように、まだ少し早い気もするが2017年のまとめとして、今の私を書き残す。