本当に大切なことは誰にも教えたくない

10年ほど前からメンタルを傷つけて病んで悩んで、自分なりに導き出した結論。たまに日常。

「それじゃあ二人とも不幸になっちゃうよ」

982文字 時間が無いので推敲も無しに書いた。あとで時間が出来たら誤字脱字と構成の確認を行う。

 浪人してた時、高校の頃大変お世話になった保健室の先生に食事に連れて行ってもらった。

 その日、ある食材を生まれて初めて食べたんだけど、想像と違って非常に美味しかったのをよく覚えている。今後もし俺が誰かを連れて横浜を歩く機会があれば、是非誘ってみたい。

 

 本題は、二軒目に入った喫茶店での会話で、俺の結婚願望が話題になった。

 当時の俺は結婚に対して、縁さえあれば望んでいたものの、自身の病気を理由にあまり積極的ではなかった。

 さらにもう一つ、一歩前に進めなかった要因に、母の体調と立場への懸念が挙げられる。

 母は俺と同じようで全く違う精神疾患を持っているのだが、家庭におけるその理解者は俺しかいない。残る同居人である父と弟は、理解しようともしないし、部屋でうずくまっていても声もかけないし寄り添わない。とにかく俺がいないといつの間にか母が死んでしまいそうで、いつも怖かった。

 そんなわけがあって、結婚した俺が家を出た後の母の体調と立場の悪化が恐ろしくて、とても今のままでは結婚なんて出来ないと思っていた。

 という話を先生にしたら

 

「それじゃあ二人とも不幸になっちゃうよ」

 

と言われた。

 最初は意味が分からなかったけど、今になってやっと少しずつ先生の言葉の意味を、心で納得出来るようになってきた。

 俺は俺で、将来本気で結婚したい人が現れたとき、母の存在が引っ掛かって諦めるような決断をしてしまうのはとても悲しく苦しいことだし、母は母で、自分の体調を気にして息子が結婚を諦めることは親としてとても辛く悲しいことなんだと思う。

 当時は、お互いに唯一の理解者である母が、元気に暮らしてくれるならそれでも良いと思っていた。でも今は少しだけ大人になって、同じように精神疾患を持つ俺が親になったとき、俺の病気を気にして息子・娘が結婚などの大きな転機をあえて回避するようなことがあったら、きっと自分の存在が自分にとって最も大切な人の幸せを奪う悲しみで死にたくなる。同時に俺は自分を一生許せなくなる。

 

 最近は少しずつ体調が安定してきて、持ち前の行動力で世界を広げつつある母。俺も負けずにどんどん色んな場所に行って、色んな人に出会って、世界を広げていきたい。そして、子どもの幸せが親にとっての幸せに繋がるなら、俺は精一杯幸せになるようチャンレジしていくよ。

 

 まだまだ親の愛の底は見えんね。