本当に大切なことは誰にも教えたくない

10年ほど前からメンタルを傷つけて病んで悩んで、自分なりに導き出した結論。たまに日常。

信頼しあう仲なのに、傷つける勇気も無いなんて

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 もう俺がはてなで見かけたソースが見つからないんだけど、

「誰も傷つかずに問題を解決する方法はないでしょうか」

といった文句は探せば腐る程出てくると思う。ここでいう「傷」は、落ち込んだり、悲しんだり、ショックを受けたり、一定の自由を奪ったりすることとしようかな。

 この文言に何か異論があるわけではなく、寧ろそんな解決方法があるなら、誰か今すぐにでも提供してやって欲しい。

 

 ただ、もしこの言葉の意味が、本当に「誰も傷つかずに問題を解決する方法」だけ求めて使っているのなら、現実に向き合えない生温い人間だなあと思ってしまう。

 問題を解決したい時に、誰かが大なり小なり損を被るのは残念だけど絶対必要なことだと思う。みんなが心から納得する方法なんて、ありっこない。みんなが少しずつ我慢して、少しずつ受け入れて、バランスをとることで問題は解決されていくものだ。

 そして俺の感覚としては、上に示した言葉を使う機会は、他人同士の間で問題が生じた時にしか使いたくない。

 

 例えば、家族や恋人のような親しい人なら、本音をぶつけて傷付ける覚悟くらい持っていて欲しいし、それを受け入れてくれるという信頼を持っていて欲しい。信頼しあう仲なのに、傷つける勇気も無いなんて、きっとそれはどちらか一方に大きな負担をかけたアンバランスな関係だろう。勝手に我慢して、勝手に傷付かれるのは一番嫌だし、こちらがそれをするのは相手に対する裏切りだと思う。

 

例えばさ、

「あなたのイビキがうるさくて寝れないの、病院行って一度見てもらおう? 一緒に治していこう」

とか

「あなたの気持ちは嬉しいけど、今の俺にはどうしても応えられないから、このままの関係でいよう」

みたいな些細なこと。本当に小さいことで言えば、

「鼻毛出てるよ」

でも良い。

 

 多分優しい人は、イビキも我慢して寝不足になるだろうし、心から応える覚悟も実力もないのに無理して包み込んでやるんだろうな。俺には到底理解できない。

 相手を本当に思いやっていて、信頼しているなら、この程度のことは言えるはずだ。でもやっぱりずっと我慢して曖昧にしておく? 相手が50年連れ添うパートナーでも? それで一緒に歩んでいく自信があるなら良いけど、俺はそこまで優しくはなれないな。