本当に大切なことは誰にも教えたくない

10年ほど前からメンタルを傷つけて病んで悩んで、自分なりに導き出した結論。たまに日常。

ロシアンパブにでも通い詰めて

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 最近、就活していて「俺、先の事ばっかり考えるようになったな」と感じる。

 退屈だった高校の頃は、一発逆転するためのもはや妄想とも言える大雑把な人生設計を立てて来たんだけど、大学に進んで自身の病と本気で向き合うようになってからは『今の自分』ばかりを大切にし過ぎて、先の事・未来の自分なんて全く想像していなかった。

じんせい-せっけい【人生設計】

結婚や教育、住居、老後の暮らしなどについての計画を立てること。人生計画。ライフプラン。ライフデザイン。

じんせいせっけい【人生設計】の意味 - goo国語辞書

結婚

 例えば高校の頃考えていたモデルの一つとして、母親と同じくらいの年齢で結婚していたいなあ、とざっくり考えていた。大学という巨大な機関に身を置けば、好きな人の一人くらいできるだろうし、俺の事だからそれなりに努力をするだろうと踏んでいた。ところが想定外の浪人を経験したり、これまた大学院へ進学したりして、社会に出るのが遅れた(のが全ての原因だとは言わないけど、ここでは言い訳にはさせて欲しかった)ということもあり、結局母親と同じように同じ干支の子を授かることは叶わなかった。

 もちろん、最後まで彼女もつくれんかった。

老後・住居

 それから24歳での実現不可能が概ね確定した頃には、結婚に関するヴィジョンは考えなくなって、自分の理想の死にざまを想像することが多くなった。

 例えばこのまま独身の場合、若いころは適当に働いて適当に稼いで、狭ーい家借りて本を読み漁る生活を送る。それで60超えたくらいからは、ロシアンパブにでも通い詰めて、そこの従業員の女の子に日本で暮らすために必要最低限の簡単な日本語を教えたり、ママに物理学の面白さを語り続けるやっかいな常連客になったりしたい。最後にはその店のカウンターで酔いつぶれて眠るように死にたい。

 例えば万が一結婚した場合、一応男としての甲斐性を見せて家庭を支えぬいた男として、絶対に自分の間抜けな死に顔なんて誰にも見せたくないから、死ぬ気で最後まで生き残って、最後は独りきりで暮らしている家にある縁側かベランダで、大好きな冬の夜空の下で少しずつ体温を下げて死にたい。

 

おわり

 人生設計という手続きがどの程度人生に影響するかは、全然現実的な設計をしていない自分からは見えてこないけど、想像すること自体は面白いよね。

 一個注目すべきは、病気が治っているという仮定を一度もしたことが無いという点。きっとこのまま良き友として永遠に付き合っていくんでしょうね。

 でもやっぱり結婚はしたいなー。

 おやすみ。