本当に大切なことは誰にも教えたくない

10年ほど前からメンタルを傷つけて病んで悩んで、自分なりに導き出した結論。たまに日常。

優しい人間じゃないから、他人の損得勘定まではしない

1182文字

 頑固で融通の利かない男の生き方のお話。

心のままに

 ある時期から自己防衛のため、自身の心のままに行動することだけ心掛けて生活してきた。だから、アレをしたら損をするとか、コレをすれば得をするとかなんていう思考は完全に失っていた。

    寧ろ心に正直に生きることは得することしかないと思ってるので、例えばそれで多少出費がかさんだり、肉体的にダメージを負ったとしても、あまりマイナスな感情は生まれない。逆に自分の意思を貫き通したことに充足感を得るだろう。

    いわゆる損得勘定を日常的に出来る人は頭が良くて、尚且つ人の動きを見る精神的な余裕を持った人物だと思う。残念ながら俺は違う。

    俺が言う心のままにというのは、当然所属する組織や集団のルールとかバランスとかを考慮するという制約は受けている。それが無ければただの破天荒野郎だからね、きっと社会に出たらすぐに粛清されちゃうね。ただし、心がその縛りなんてものをぶち壊せと言うのなら、俺はそっちへ進むかも知れない。

 

感謝を感知できない

    この行動原理を心掛けてから衝突した一番の弊害は、他人の感謝の気持ちを感知できなくなること。俺がある行動をとったとして、それが相手に善意とか親切心に取られても、俺は自分のやりたいように心のままに行動したまでだから感謝なんて想定していない。そのせいで人の感謝の言葉をちゃんと受け取らないまま立ち去る場面が多過ぎる。これは俺の中では大変失礼な行為なので、自分の心のままに行動した後は、相手の反応を最後まで見届けなければいけないなと反省している。

 

他人の損得勘定

 あと俺は優しい人間じゃないから、他人の損得勘定まではしない。

    ドレをしたら周囲の信頼を得られるよだとか、ソレを言ったら皆を敵に回すよだとか、そんなことまで頭が回らない。明らかに身勝手で人道的に誤った選択を除けば、本人の好きなようにやったらいい。

    自分にとって大切な人に関しても、どんなに辛く過酷でも、その人の心が正しいと思う方へ進んで欲しいから、当然心配は心配なんだけど、命や心の安全が関わって来なければその道を進む手助けをするだけ。俺が信じている人はどんなに苦しいことも全て糧に出来るし、笑いばなしにするくらいの度量を持った人達だから。

    たまには頼って欲しいっていう気持ちもあるけど、自分の力でなんとかしたいと思ってる人に対して簡単には望めない願いかな。

 

おわりに

    ひとつ考えなければいけないのは、護りたい人ができた時は、損得勘定とは違うけど自分の感情と相手の感情のバランスを考える力が必要になるかなってとこ。しかしここでもやはり自分の心のままに動くことが一番の得に繋がるのではないかなとまた考え込んでしまう。

    まだしばらくは時間がありそうだから、たっぷり考えよう。

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