本当に大切なことは誰にも教えたくない

10年ほど前からメンタルを傷つけて病んで悩んで、自分なりに導き出した結論。たまに日常。

男の危険感知

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   男というのは面白い社会性を持った生き物で、幼稚園くらいからある程度大人になるまで体格に起因する力による上下関係の中で生かされる。

 

    例えば、ガキの頃近くにあったログハウスで遊んでいたら、身長が2倍くらいある巨漢に顔面と同じサイズのボールを急にぶん投げられて遊び場と遊び道具を奪われる。そんなことが日常茶飯事で起きているのだ。

    広い道ですれ違ってるのに何故か気付いた時には、壁際に追い詰められて恐怖の「ういーういー」の餌食になっている。最近のゲームを買った帰りだったら、もう終わりなのはお分かりでしょう。大人に頼るしかなくなる。

 

    なので住み慣れた町を歩くにしても常に緊張感を持って過ごすことになり、女性が対異性に持つモノとは少し違うアンテナで、自然と対同性への危険感知能力が身につく。

 

    ところが最近の若い子は幸運なことにそういう環境に晒されていないのか、全く感知能力が養われていない。

 

    例えば電車内の子供たちね。

    あれは多分塾帰りなのかな。友達と一緒の楽しさでついついお喋りの音量が大きくなってしまうのは理解できるし、大人として元気な子供たちの姿を見るのは悪い気分ではない。うるさいから可愛いとは思わないけどね。しかし塾帰りの時間帯はちょうど仕事で疲れてお酒を少し飲んだおじさんが沢山いる。もちろん綺麗な格好したおじさんばかりではない、俺でも多少緊張感のあるおじさんだって乗ってくる。

    そこで俺らの世代だったら、絶対その人達の機嫌を損ねないように黙るか、ヤバさが高かったら他の車両にこっそり移動する。しかし現代の子供らはそうでもないらしく、少しでも体を休めたいおじさん達の怒号を食らうことになる。場所が悪かったら危害を加えられるかもしれない。

 

    このように古くから男達が独自に養ってきた対同性への危険感知のアンテナは弱まってきているらしい。平和な証拠なのか、男達の男性力が落ちているのかは今後の社会の進み方で判断しよう。