本当に大切なことは誰にも教えたくない

10年ほど前からメンタルを傷つけて病んで悩んで、自分なりに導き出した結論。たまに日常。

特殊な恋バナ

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 何年か前に、エッフェル塔と結婚した女性の話を聞いたことがある。

建物や物に対する愛情を持つことを対物性愛(たいぶつせいあい・Object sexuality)というらしい。

 この話を聞いて、昔俺も無生物に愛情を抱いた経験があることを思い出した。

たぶん、多くの人が経験したことのない特殊な恋バナ。

 

 対象は、雨だった。

 

 昔から雨の日は気分が良くて、小学生の頃なんかは雨が降るのを知っていながら傘を持たずに登下校したりした日があったくらい雨が好きだった。ガキだったからそれが恋愛感情だなんて気付くことはなかったし、まさか人間以外に恋するなんていう発想そのものが無かった。

 雨の日が好きなまま成長した高校生くらいの時、精神的に不安定になることが頻発した。太陽の明るくて乾いた光はただ鬱陶しくて、周りにいる健常者たちを連想させる憎しみの対象だった。

 

 そしてある日、その日もメンタルは落ち込んでいて、一日をなんとか耐えただけで苦しくて泣きそうになっていた。でも泣けなくて、心に淀んだ気分がただただ蓄積されていく気持ち悪さがあった。そんな気分のまま下校している途中、突然の大雨に見舞われた。

 傘はもっていなかったし、ちょうどよく雨宿りする屋根もなかったので、たっぷりと体に雨を浴びた。顔にも落ちた。そのとき、泣きたくても泣けない自分が涙を流しているような錯覚を感じることが出来、心のもやもやがスッキリ晴れたことを今でもよく覚えている。

 あの時の安心感、自分の心を最もよく理解してくれる存在の感覚、忘れられない。

 

 それ以降、自身が抱く雨への感情を認識した。

 俺は雨が好きだ。

 

 良いのか悪いのか分からないけど、結局俺の恋愛対象は人で、雨と結婚したいとまでは思うことは無かった。それでも雨の日は少し気分が良くて、昔から互いをよく知る友人と会うような照れ臭い気持ちになる。

  物に対して愛情を持つことへの理解はまだまだ浸透していないと思う。人間が対象の性的マイノリティが普遍的なものと捉えられるまでは難しいかもしれない。

 人の心が成長する限り、これからもっと愛情の対象が広がっていくと思う。