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本当に大切なことは誰にも教えたくない

10年ほど前からメンタルを傷つけて病んで悩んで、自分なりに導き出した結論。たまに日常。

至高の贅沢が許されるなら

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751文字

 最近の生活はとても充実している。

研究活動はちょっと停滞気味だけど、就職活動はそれなりにこなしているし、本を読んだり野球を観たりと、趣味にも時間を取れているから楽しい時間を過ごせていると思う。

 

 しかし最近体調が最悪だ。

この前は久々に視界が暗転して、意識が飛びそうになった。まさかこの順調で充実した時期に一番最悪な発作が出るなんて、予想もしていなかったから、咄嗟に色んな人に助けを求めたり、最後の言葉じみたダサい台詞を送ってしまった。

 でも絶対に後悔はしたくない、とは言ってもくたばっちまったら後悔もクソも無いんだけど、とにかく心残りっていうものは気に食わない。

 

 発作が治まって冷静に考えてみれば、経験から言ってどこまで体調が落ち込んでも、タイミングが最悪でなければ命を落とすことは無いと思っている。ただ、俺が一番恐れていることは、命を落とさなくとも自分が自分を見失う事で、いま大切に思っている人や大切に思っている考え方が自身の中から消失してしまうこと。

 だから今正しく意識を持てる内に、人に伝えておきたい事は全部伝えておこうと思った。整理のついていない未完成な感情だとしても、今の素直な形を伝えたい。

 

 4月のはじめ、印象的な思い出のある昔の友人たちを探したのは、体調の微妙な変化を察知する経験が豊富な、俺の本能が体調の急落を予知したことによるものだったのかも知れない。

 あまりにも非論理的で笑えるけど、結果はいい方向に進んでくれているからそういう第六感みたいなものもたまには信じてみてもいい。

 

 とすると、今の自分はもうじき終わる。本当の終わりなのか、新しい自分になるのかは分からんけど、少しは寂しいね。

 

とりあえず伝えたいことがあるのはあと一人、贅沢を言えば二人。

至高の贅沢が許されるのなら、今までも沢山会話を重ねてきたけど、最後に少し言葉を追加しておきたい人が一人。

 

ま、どうなるかはわからん。

今夜は少し耳が聞こえにくい。