本当に大切なことは誰にも教えたくない

10年ほど前からメンタルを傷つけて病んで悩んで、自分なりに導き出した結論。たまに日常。

過去を知る友人たちとまた

小学校から中学校に上がるとき、中学校から高校に上がるとき、そして高校から大学に進むとき、俺は過去の憎い記憶と一緒に友人を切り捨てて来た。友人の顔を見て仕舞えば、また苦しい記憶が思い出されるからだ。だから本当の俺の馬鹿な姿を知っている人以外は全員切り捨てて来た。

 

そうやって理不尽に友達たちを傷付けながら、昔のことを忘れたフリして、今日の安定があるのも事実なわけで。あえて昔の友人に会って就活の真っ只中に、再びメンタルを揺るがす意味があるのかという疑問も当然ある。

 

でも先日親しい人と久しぶりに会う機会があって、久々に見たその人は俺が想像していたよりも大人として魅力に溢れる考え方を持っていたし、何より一人の人物として背負うものが大きくなっていた。

 

今のまま、今しか背負うことのできない俺でいたら、俺はこの人との関係は続かないだろうなと感じた。その人が俺を見捨てることは絶対に、100%の確率で決して無いという信頼はあるし、俺の方からその人と距離を取ることも絶対にあり得ない。しかし、人は生活の中で心は常に成長し、考え方も幅広くなっていく。二人の進歩の歩幅に大きな差が生まれれば、自然と現実的な距離感も大きくなるのは避けられない。

 

俺は俺を見てくれる人の隣を歩き続けたい。

 

俺は、俺がして来た非情な行為を受け入れ、俺の過去を知る友人たちとまた繋がることを決意した。彼ら彼女らを通して見える昔の自分の愚かさと向き合う。自分勝手な決断だとは思う。その咎めも甘んじて受け入れる。

また大好きなみんなと仲良く交流できれば幸いです。

 

いつだって本当に大切なことは既に過去の時点で心得ていたことばかり。これから起こることから学ぶことはできない、でも過去からは多くのことを学ぶことができる。

 

もう少し大きくなるために、もう少し自分の中身を見つめ直そう。

 

全ては自分の心が納得するためだ。