本当に大切なことは誰にも教えたくない

10年ほど前からメンタルを傷つけて病んで悩んで、自分なりに導き出した結論。たまに日常。

だろうな、と

 去年度卒業して就職した同期が精神科に通ってるらしい。

 

だろうな、と思った。

 

 先日研究グループの追い出しコンパに来たお節介なOBが要らないことをペラペラと喋り、当人のブログを見せびらかしていたので嫌でも情報は入って来てしまった。

 彼は自身のことを何も知らない。もちろん周りにどう思われてるかなんてもっと知らない。

 

 彼のブログにはこんな一文が記されていた。

『大学院に進んでいたら今頃修論執筆に勤しんでいるんだろうな』

 

え、あり得ない。

大学院に進めた? 無理だ。

修論が書けた? もっと無理だ。

 

 学部程度の研究を全うできなかった人間が社会に出て行き詰まるのは至極当然の結果で、学部程度の研究を全うした人間なら誰もが予測していたことだ。そして、大学院に進めるレベルの研究者としてのメンタリティや、根底にあるべき物理学の知識もまるで足りていなかった。残念ながら足りていない部分を補おうという意思もなかった。

 元々弱い心なんだから、病むのは当然の成り行きで、その原因を掴めないのも自然な流れだ。大学院進学という可能性のない妄想に浸ってしまうのも無理はない。

 

 彼の有様をチラッとだけ文面で見ただけでも、彼の闘病生活は長く苦しいものになることは簡単にわかった。我々に必要なのは、まず現状を認め、現状こそ最善かつ最高の結果であることを理解することだと思うのだが、そこに至るには時間がかかりそう。

 

 俺が彼に手を差し伸べるかはわからん。

それこそ気が向いたらだな。

 

 俺がまず近くの人たちをちゃんと幸せにできたら考えても良い。