本当に大切なことは誰にも教えたくない

10年ほど前からメンタルを傷つけて病んで悩んで、自分なりに導き出した結論。たまに日常。

ろくな「恋バナ」がない

今週のお題「恋バナ」

 

 24年生きてきた俺にとって、「恋」は常に追いかけている時が最高に幸せで最高に苦しい、生を最もインスタントに感じられるものだった。そんな風に考えているからか、俺には大きな声で人に喋れるろくな「恋バナ」がない。

 一番壮絶な恋愛模様を描いた相手というのは、親友、最大のライバル、目標、最愛の人を演じて魅せた幼馴染Yなのだが、彼女との戯れは特別にカテゴリを用意してまで書き記しているので、ここで書くのは避けよう。

 

 次に印象深い過去の恋愛は、高校生の時。相手は副担任だった。

高校2年生の頃、俺は自殺を決意していた。決行まで誰にも言わず、誰にも悟られぬよう平穏に過ごしていた。そんな日常の中に入ってきたのが先生だった。彼女はとにかく俺の話を聴く。高校生にしては少しませていた上に、自殺を決意して力が抜けていた俺の話が面白かったのか、特別に俺の為に時間を割いてまで話をしてくれた。ただ聞くのではなく、しっかりと受け止めてくれる。教師としての職務の一つだと思っていたのかも知れないが、それでもそんな先生は初めてで、まんまと惚れた。

 告白もした。

 

「俺は好きな人に会うためなら死なないし、学校にも死ぬ気で来る。だから明日から卒業の日まで先生に会うために学校通うことにして良いですか?」

 

たぶんこれが当時生徒だった俺が探し出した中で、教師である彼女に伝えられる最大限境界線に踏み込んだ言い方だったんだろうね。今となっては子どもながらに先生にはパートナーがいることを感じ取り、さらに教師としての立場を配慮したつもりのクソガキの発想だなと笑ってしまう。

 

 なんで俺って相手を困らせる恋愛しかできねえんだろう。

 なんで俺って相手を困らせる言い方でしか告白できねえんだろう。

 

 どうせ、いつまでもバカねって言われたい変態野郎なだけでしょ。

 結局のところいまも、だいぶバカなんすよね。