本当に大切なことは誰にも教えたくない

10年ほど前からメンタルを傷つけて病んで悩んで、自分なりに導き出した結論。たまに日常。

?を超える意見

 最近は朝テレビをつけてニュース番組を見るよりも、通勤通学途中にネットで適当な配信サービス眺めるか、GoogleニュースYahoo!ニュースなどに代表されるニュース配信サイトで好みのカテゴリを選ぶ方が、効率よく手軽に必要な情報のピックアップが出来る。

 

 新しい情報を目にすれば、当然何らかの感想とか意見が頭の中に浮かぶんだけど、何せサラサラっと次から次へニュースを見ているので、一つ一つのニュースに関して

「あらー、よくないわー」とか「へー、よかったねー」

程度のアウトプットする価値もないレベルで完結。TwitterFacebookではもっとひどい。大抵いいね!を押したら満足だ。

 目に入る情報量は増えたけど、それに対して考える時間は増えない所か簡略される一方。俺は24年以上生きてきて、色々なものを見てきて、色々なことを感じてきたはずなのに、世の中で起きていることに対して一人の人間として、?を超えるオリジナルな意見も述べられないのかと思うと情けないというよりも悲しくて仕方ない。

 

 そこで、思考の劣化を止めるには何をすべきなのかをテーマに考えてみる。

思考の言語化

 今の俺は小中学校でやってきた読書感想文の書き出しと同じようなもので、本を読んでいるときはちゃんと物語を理解しているつもりでも、いざ書き出してみると頭の中の情報が整理されておらず、ペンが進まない状態だ。

 要は日ごろから思考を言語化する訓練をして癖をつければいいんだ。星の数ほどある情報の中には必ず心に引っかかることがあるのは確かで、そういった心を動かされた事柄をスルーして思考を深めるチャンスを逃さずに、何が引っかかったのかを整理して文章に起こす。100文字程度で良いから物事の要点と、思ったことを書けばいい。

 

思考の発信

 次の問題は、考え方は人の数だけ存在して良いはずなのに、自分の考えには自信が無いことだ。それは自分の考え方を整理すること以上に、発信することに慣れてないからだ。ブログをやっているのだから適当に使えばいいし、ハードルが高いなら匿名で意見を投稿できるSNSは腐るほどあるのだから発信して人に見てもらう緊張感に慣れればいい。

 

 たった2つのことをやるだけで意見を持てないつまらん自分を終えられる。

 まー、これだけグダグダと自分だけの為に文章連ねられて、しかもブログで発信できてるんだから、それくらい容易いだろう。