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本当に大切なことは誰にも教えたくない

10年ほど前からメンタルを傷つけて病んで悩んで、自分なりに導き出した結論。たまに日常。

自分を消耗することで

 思っていること、感じていることを深く考え込まずに、殴るように書き込む練習としてここに近況を記す。仮に文章が成り立ってなくてもupしてしまおうと思う。

 

 今月はまだ半分も経過していないというのに、既に沢山のことを考えた。

 月初め、どういうバイオリズムなのかは知らないけど、もう心身共に疲弊してしまい、早く楽になるために心を壊すことしか考えられなかった。心配してくれてる人の言葉は嬉しいのだけれど、心に変化を齎すことはない。構ってほしくて苦し紛れで俺が独りよがりで守りたい、幸せにしたいと思っている人たちに声を掛けるんだけど、俺の力なんて必要ないくらいみんな元気で暮らしてるし、俺なんかより頼れる知人、友人、家族がいる。そもそも俺より強い。

 そしてある理由があって自殺と云う選択肢を失った今、俺には発狂と云う逃げ場しか残っていなかった。心の極限にある冷静さのリミッターを外すために極限まで濃厚な冷静さを求めた。

 

 5月も10日ほど過ぎたころ、俺の異変に気付いた一人の人物が声をかけてくれた。その人の声の掛け方は真っ直ぐで、言葉は力強く、人が持つプラスのエネルギーの塊みたいだった。
 俺の人生というのは本当に不思議で、恵まれている。本当に必要としたときその場面場面で意外な所から俺を救ってくれる人物が現れる。今回もその救済者によって人格破壊という愚かな考えは消え去った。
 そんなわけで、俺が決定的な危機に陥った時、それも冷静な精神を保ったまま愚かな方向へ進もうとした時、大いなる出会いが生じるらしい。人生で何度も何度もその出会いに救われてきた。
 
 俺は人の為に自分の持っているものを消耗することで他人に奉仕する側の人間かと思っていたのだけど、最近は違った形の尽くし方を見出す時期なのかなと思い始めた。本当は能動的に尽くす方面に向いていないのかも知れないし、思い切って人に寄り掛かりたいとか思ってしまっている軟弱な男であることを自覚しつつある5月の夜。