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本当に大切なことは誰にも教えたくない

10年ほど前からメンタルを傷つけて病んで悩んで、自分なりに導き出した結論。たまに日常。

ある日の夕方、薬は切れた

考え 日常

1140文字程度の記事です。ちょい長いです。

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 薬というのは偉大なもので、100年の恋と人生で訪れる不幸な出来事の内で最も苦しい出来事の一つとのコンボでしか忘却できない圧倒的孤独感と、毎秒訪れる自決願望を消し去ってくれる。

 そして前向きになった精神は、前向きな行動力を生み出す。実に素晴らしい。

 現状1日4種6錠の薬たちのお陰で健常者並みの、時には健常者を超える行動力を持って研究活動に向き合えている。そんな仮初めの健康に魅了され、ちょっと前までの俺は、研究活動と私生活に充実感を抱いていた。愚かにも、本当に大切なことを忘れながら

 
 変化はいつだって突然やってくる。
順調に研究活動に勤しんでいたある日の夕方、
 
薬は切れた。
 
 先行して発現した浅く弱々しい呼吸と、今すぐ横にならないと耐えられない程の脱力感で体調の急落に気付くことができた。追加で飲む分なんて持ってきてない、薬なしじゃ電車に乗ることも、まともに歩くこともできない。
 思い出される鬱の威力。悲しいことに鬱というのもまたある種偉大なもので、100年の恋と自由な研究活動にいい汗かいたあの日を全て押し退け
 
"この4年間何も楽しくなかった"
 
という下らなくて驚異的な過重を誇る感情で俺の精神を支配した。さらには押し寄せる希死念慮。言葉にすれば現実のものになってしまうと物理学に携わる者としては珍しい言霊を信じる俺は、口に出すことだけはなんとか我慢した。
 
 この時になってやっと思い出した。そうだ、病院変えたし、薬も変えたし、メンタリティーも改善した。でも病気は治ってないじゃん。物事が根本的にどうなってるか考える学問を専門としていながら、根本的な問題である治療を忘れるという稚拙な驕りを晒してしまった。
 その時の俺は気が振れる前に冷静に、机に突っ伏しつつ
  • LINEで励ましてくれそうな友達を2人ほど確認
  • 好きな音楽を大音量で聴きまくる
  • 姿勢を正して呼吸を整える
  • 個人的に力のこもったブログの閲覧
  • 生きたいという気持ちの源を想像
等々とにかく必死で自分の命がぐらつかないよう周りを固める手段を絞り出し、それを支えにその日は何とか数十分後に帰路につくことが出来た。家が見えたころにはホッとして泣きべそかいてたけど、夜の暗さで誰にも見られずに済んだ。
 
 以上のように偉大な病を偉大な薬によってマスクしながら、治療の光を浴びなければならないのに、偉大な薬によって根本的な問題である治療がマスクされた夕方を迎えてしまった。同じ過ちは繰り返さない。
 
 俺が知りたい景色は「薬は断った」と言える夕方だもん。