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本当に大切なことは誰にも教えたくない

10年ほど前からメンタルを傷つけて病んで悩んで、自分なりに導き出した結論。たまに日常。

「明日の朝目覚めませんように」と

考え こころ 日常
これは1009文字の記事です。少し長めです。

 今月末でこのブログは1周年を迎える。1年間休み休み気楽に物事への考え方をまとめ続けた。ブログを始めた当初の俺は、メンタルが心底弱っており、1年後には全て終わらせると述べていた。終わらせるっていうのは所謂言葉にしたくない行動を実行するということだ。何度読み返しても愚かだと思うけど、その時はきっとどう考え直してもその答えにしか辿り着かない状況だったのだろう。そしてそれが俺にとって一番幸せな結末だったはずだ。
 
 俺にはよくわかる。自分のことだからではなく、分かるから分かる。
 
 ところがある日のある瞬間、その悲惨な答えはねじ曲げなければならないと心が訴えた。なんとかして生き延びるために、必死に新しい病院を探して、勇気を出して新しい薬を試して、どうすれば自分が一番幸せに生きられるかを考え、行動した。結果としてつらい時に話を聴いて優しく支てくれる人が現れたり、その人の言葉のお陰で自分自身が自分自身の存在を承認できるようになったり、したたかで大らかに行動するメンタリティーを手に入れた。
 とにかく何がどうあっても全ての選択は最善で、全ての結果は最高だし、俺には物事をそう認識する能力がある。1年前までは好きな人の言動や行動のみでしか幸福を感じられない執着と依存の塊だった俺が、今では大事な人が幸せならそれでいいし、自分一人だけで幸福を感じられる心を手に入れた。離れているときでも、例え大事な人にとって俺が一番大きな存在じゃなくても、健康で安全に暮らしているのならそれで充分。

 俺はただ生きてることが幸せで仕方がない。
 
「もう明日の朝目覚めませんように」
 
と願いながらベッドに入る日はもう来なくなった。もちろん再び次の一年で答えが逆転することだって無いわけじゃ無いね。でも現状をこうして書き残しておけば、またこの状態に戻ることへの希望を抱くことができるはずだ。そして、
 
 100記事を達成したとき、
 
やっぱり俺は本当に大切なことは誰にも言わない男だった
 
と述べた気がする。10代の前半から本当に大切なことは誰にも教えたくないって思って生きてきたし、実際にそうしていないと落ち着かない人間だった。だから100記事達成した頃までは本当にそういう人間だと思ってた。でも本当に大切なことは本当に大切な人にだけは伝えた方がいい。自分が本当に大切にしていることを優しく受け止めてくれる人がそばにいる内に。
 
 また次の1年で何が起きるか怖いようで楽しみ。何があっても自分の成長の材料にしてあげる。
    もうちっとだけ俺は生きていく。