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本当に大切なことは誰にも教えたくない

10年ほど前からメンタルを傷つけて病んで悩んで、自分なりに導き出した結論。たまに日常。

2015年まとめ 家庭編

 前回、研究室についてまとめたので今度は家庭について振り返ってみようと思う。

 ちなみにこの記事は2015年9月25日に執筆を始めて、何かあるごとに書き足して今の形に至る。

 

 まず3月初旬、父親の脳腫瘍が発覚した。前々から左耳が聞こえにくいとは言っていて、耳鼻科にも通っていたんだけど原因がわからず、大きな病院の脳外科で検査をしたところ発見された。発見当初の病状としては、右耳の聴覚の神経に纏わりつくように広がっていて、完全に取り除くには神経を傷つけるリスクがあるとのことだった。それで結局は可能な限りの腫瘍は取り除き、聴覚にこびりついてしまった部分はそのまま残すという判断を下した。結果として、一か月近く入院して、手術したら顔の右半分の麻痺を残したものの元気な状態で戻ってくることができた。顔の麻痺も時間と共に無くなっていくらしい。入院中の本人はかなり落ち込んでいたけど、戻ってきたらケロッとしたもんで、もう少し周りで気を遣ってくれた人たちに思いやりがあってもいいんじゃないかなと思った。大きな病気を経験しても、人はそれほど変わらずに帰ってくるのが分かった一件だった。

 次に8月、家族ではないけど母親の親友が入院した。原因は重篤な貧血と、肺に血栓が詰まってしまって塞栓を起こしたことだった。その人とは俺が物心つく前からお世話になっていて、幼いころは頻繁に会って遊んでもらっていた。血栓が肺で見付かったのが不幸中の幸いで、それこそ脳や心臓に流れて行ってたらかなり面倒な治療が必要になっていたとこのことだ。結果としては、数週間の入院で済んだようで、母親らの心配は一先ず落ち着いた。

 次に同年9月上旬、母親が右足の先に感覚を感じないと訴えだした。色々調べたら脳梗塞の病状の一つに似たようなものがあったので、病院に連絡を入れたところ、その日直ぐにMRIの検査が行われた。検査の結果は、異状なし。恐らく歩き過ぎと運転のし過ぎで疲労しているのではないかという診断だった。

 そして9月下旬、母親の妹が重度の貧血で入院を喫した。叔母は元々体が弱く、心臓も普通の人より機能が弱い。そこでさらに貧血が重なったことで、ついに体が動かなくなり入院することとなった。処置としてはとにかく血が足りていないので早急な輸血だ。入院と言っても先の二人とは違って院内を歩いたり、好きなもの食べたりと多大な心配は要らないらしく、直接病床を訪ねてはいないけど安心はした。現在は退院済みで、完全復活ではないものの元気に暮らしている。

 以上の様に、今年は身近なところで何度も肝を冷やすというか、家族内では長男として自覚を強め、その義務を果たす覚悟を決めていたり、親友を失う母を気遣う準備をしたり、幾度も勝手に緊迫してしまった。でもその全てが無駄になってくれて本当に良かった。

 

 誰がどこでそんなバランスを取っているのかは知らないけど、今年冬からずっと体調が良かったのは、周りの人達を支えるためだったのかも知れない。

 来年は皆が健康だといいな。