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本当に大切なことは誰にも教えたくない

10年ほど前からメンタルを傷つけて病んで悩んで、自分なりに導き出した結論。たまに日常。

一番楽しい時には

考え こころ 日常

 自分の無能さを裏付ける事柄に日々直面する。それは研究者としてだったり、後輩の手本としてだったり、あるいは人としてだったりと様々な側面での話だ。

 最近はとりわけ『誰かをちょっと幸せにする能力』がないことによく気付く。例えば俺は全然お金持ってないからお金をかけて楽しい思いを提供することは出来ない。美味しい食べ物おごったりね。あと例えば俺は車の運転出来ないから、移動するときに肉体的な疲労を軽減してあげることも出来ない。俺がしてあげたいことは大概出来ない。

    俺に出来るのは話を聞いて重くのしかかる悲しみを少しだけ軽くしてあげるか、あなたの存在には条件無しで価値があるのだと教えてあげることくらい。多分一番楽しい時には俺は必要ない。一番苦しい時だけ隣にいるよ。
 社会じゃ無能は罪らしいけど、無能を理由にやりたいと思うことをやらないのはイヤだ。存在している事を笑われ、存在を否定されてきた何の能力もない小さな男を信頼してくれる人、俺の言葉に意味を宿してくれる人、そんな人を守れるなら万人の嘲笑を浴びようとも動じずに、いつも通りのんびり歩けるっぽい。