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本当に大切なことは誰にも教えたくない

10年ほど前からメンタルを傷つけて病んで悩んで、自分なりに導き出した結論。たまに日常。

幼馴染との話⑩

昔話 こころ 幼馴染 考え

    Yと出会ってから9年も経った。8歳の頃に会ったから、もう人生の半分以上の時間を一緒に過ごしてきた事になる。お互い言葉遣いや外見は変わったけど、芯の部分は何も変わっちゃいない。

    この頃のことは割と最近だから比較的鮮明に記憶している。
 高校生になると、Yは通学の関係で住居を再び地元近くに移した。そのおかげで二人で会う機会は増えたものの、昔ほど外を駆け回ることも無く、遊びの場は決まってY以外出払ってしまったY家のリビングだ。Yの家のL字ソファでのほほんとしながら喋るのが俺は好きだった。
 
「だってずっと退屈だったんだもん」
Yは高校2年の秋ごろに高校を中退した。折角受験に合格して私立のいい高校進んで、しかも家まで変えたのに勿体無い、と非難したらそんな風に返された。まあ、俺以上に好奇心に忠実な生き方をしている奴だし、自分で決断したんだったらしょうがないかと納得した。
「人ってね、自分の理解を超えた存在を拒絶したがるんですよ」
決して自分から語ろうとはしないけど、そう軽く言い放った横顔からは、寂しい高校生活に耐えてきた感情が滲み出ていた。
「うーん、まあねえ……」
「んん? また何か考えてるんですか?」
俺も俺で「高校生活の全てが輝いてるぜ」なんて綺麗には言えないけど、高校生活の全てを否定出来る程苦痛なものでもなかった。そうじゃなかったら、高校卒業するまで通ってないし、最悪この世にいないしね。
「俺は不完全だけど何物よりも美しい愛を持つ"人"というものを心から愛してる。そしてそれと同時に、同程度に、その人を傷付ける"人"を心から憎んでる」
「あはは、やけに叙情的ですね。その考え方、どこか引っかかるんですか?」
俺がクサいことを言うと何故かYは嬉しそうな顔をする。
「愛する相手と憎む相手が同じって矛盾してね?」
「そうですかね……自分が愛すべき人は自分を最も苦しませる人でなければいけないですから良いんじゃないですか? それに、世間にはそんな高度な矛盾ばかりがあるわけじゃないんですよ。どうにも出来ない自分が情けなくなる低俗な矛盾も沢山あるんです」
「人は生きてる限り自分たちの矛盾を解消できないの?」
「解消できないわけでは無いと思いますよ。でも難しい。今の社会は巨大だし、人は生きてる限り矛盾を抱えながら、同時に生み出す生き物なんだからそれでいいんですよ」
そうだとしても、せめて俺1人くらい人生懸けて考えぬく男がいても面白いじゃん、みたいな顔をしているとYがすかさず口を開く。
「いつまでも悩み抜くのもてつくんらしくていいと思いますけど、矛盾の一つや二つ軽く包み込むような男になったらどう?」
それを喰らうと俺が弱るのを知っていて、すっかりお得意のなまめいた視線を送るY。
「えー……しんど」
俺はそんなスケールの大きな人間目指してないし、頭ん中でグダグダ考えてる方が得意なのよね。
「てつくんもまだまだですねえ」
俺が自身の小ささを自覚している顔を見ると、Yはいつもより楽しそうにニシシと笑う。
 それからかなり時間は流れたけど、果たしてYが言っていたような男になれたかは怪しい。俺もまだまだ天井を気にするような歳じゃないな。
 
 
    ちなみに俺が放った

『俺は不完全だけど何物よりも美しい愛を持つ"人"というものを心から愛してる。そしてそれと同時に、同程度に、その人を傷付ける"人"を心から憎んでる』

という言葉は、ミュッセの『戯れに恋はすまじ』に出てくる一文を参考にしている。改めて見てみるともはや参考にしたのか分からんほど変形させてしまっているけど、原型は以下の通りだ。

『男はみんな嘘つきで、浮気で、にせもので、おしゃべりで、偽善者で、高慢かそれとも卑怯で、見下げはてたものであり、情欲の奴隷だ。女は、すべて裏切り者で、狡猾で、見栄っぱりで、物見高く性格が腐っている。しかし人の世にはただ一つだけ神聖な、崇高なものがある。それはこんなにも醜悪な二つのものの結びつきなのだ。』

暇潰しに見ていたフランス映画の主人公が、教員の口述試験でその戯曲の一部を引用したのを見て知った。ストーリーにはそれ程引かれなかったけど、そのシーンが印象的でよく覚えてる。因みにそのフランス映画というのは、ソフィー・マルソー主演の『スチューデント(1988)』という映画だ。
 一応下にリンク貼っておくので興味があればどうぞ。

 

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戯れに恋はすまじ (岩波文庫)

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