本当に大切なことは誰にも教えたくない

10年ほど前からメンタルを傷つけて病んで悩んで、自分なりに導き出した結論。たまに日常。

俺に男女平等はムリ

    高校の頃一人の同級生の男が女子をメジャーとマイナーにカテゴライズしてるクソ根性を目の当たりにして一悶着あってから、元々引っかかりを感じていた男女の立場について本格的に考えるようになった。あまり友達がいなかったので年の近い先生や仲の良かった養護教諭と自分の考え方について話してたら、それを目撃した女の子たちに恋愛相談されて困惑したんだけど、男たちが同世代の女の子の目にどう映っているのか知れて良い経験だった。前々から根本的に男性を信用していないこともあり、一時期は完全に女性至上主義に傾いていたけど、今はかなりバランスしてると思う。

    ここにはそんな経験を経た俺の考え方を適当にダラダラ纏めておく。
 
 
1. 男女平等
 
    この国は未だに男女間で社会の待遇が大きく異なることを指摘される。まあ具体的に問題になってるのは経済参画と政治参画なわけだけど、俺が気になっているのはその指標にはない日常生活のことなんだよね。
    俺の家は無駄に巨大で無駄に古い所為なのか、男尊女卑が色濃く残った家系だ。俺の家族では流石に無いけど、少し本家に近い家に行くと女の人だけ離れた所でポツンと一人でご飯を食べてる光景を簡単に見れる。幼馴染や母親と仲良くしていた俺には到底理解出来るものではなく、年を重ねるごとに家への不信は肥大し、結局男尊女卑の筆頭だった今は亡き祖父とは最後まで打ち解けることは出来なかった。祖母や伯母は何も文句を言わないけど、当然本意では無いはずだ。それを考えると女の人達が背負ってるものはどんだけ重いんだと今でも息を呑む。
    問題なのは女性が端に置かれることを本当に何の違和感なく当たり前に感じていることだ。集団によっては違和感を抱く方がマイノリティーになることもある。
 
    俺や知り合いの経験上、今日の男女の立場に疑問を持ってよりオープンな捉え方を出来る人は意外と幼い頃に男尊女卑の強い環境で育っていたりする。しかも残念なことに、自分以外にはオープンな考えを持って様々な立場に理解を示せるのに、自分のこととなると染み付いてしまった「男はこう、女はこう」という古臭い習慣に引っ張られ、男だったら家の柱となって家族の生活を支える力を付けるんだというプレッシャーに押され、女の人だったら家に入って子を産み夫の留守を守るというプレッシャーに押される。女の人ほどではないけど男たちもそれなりに苦しんでる人はいる。
    そういう雰囲気は男尊女卑の環境で育ってきた人に限らず日本で生まれ育った人なら少なからず感じたことはあると思う。とある俺と同じくらいの女の人に
「子どもを残さないと自分の存在には意味がない」
と、さらに男には
「労働できない男に生きてる価値なんてない」
とまで言わしめる醜悪な風潮だ。それぞれの性差にアイデンティティーを感じるのは良いけど、己の存在価値の指標にするのは明らかに間違ってる。自分の後の人達にはそんな雰囲気を感じて欲しくないと切に思う。こういう事を頭で考え始めてしまった俺には本当の男女平等はムリっぽいのは非常に残念。
    流れを変える方法はもう俺らの世代がそういう意識を完全に捨て去る意思を持つことだけど、「女性は弱い立場にあります」なんてあえて口に出さないと気付かないような社会だと実現は程遠いものと感じる。
 
 
    長くなったのでここには短めに今の流行についてサラッと述べとく。
    流石に外の人から突かれて国も保育所増やしたりイクメン推進したりしてるみたいだけど、俺からしたら子を育てる男はイクメンじゃなくて父親って言うんだよって感じだけどね。育児への参画を上や外の人間に強要されてるようじゃ父親になるのも危ういなと思うよ。
 
 
    明らかに削った感じはあるけど誘導してるとか考えが足りないわけではないことを理解してほしい。俺が今見えてるものはこんなもんだよって事だから。