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本当に大切なことは誰にも教えたくない

10年ほど前からメンタルを傷つけて病んで悩んで、自分なりに導き出した結論。たまに日常。

後ろ盾にすべき死

    死を後ろ盾に生きてる人は強い。死を恐れぬ人の生き様は常にチャレンジングで魅力的だ。頭も良いと尚格好いい。

    ところが死を後ろ盾に出来たことだけが人生の強みなってしまった人は結局社会に溶け込もうとした時に、世間が要請するような働きは出来ないと思う。本来後ろ盾にすべき死を気付かぬうちに前に構えてしまうから、挑戦を怖がらない強みになるはずが、挑戦を退ける逃げ道を作ってしまう。そういう人は決まっていつも

「死ぬわけじゃないし」
「死んでもいいし」
「どうせもうすぐ死ぬから」

と元も子もないこと言って親しくなった死というものの上に積み重ねる無駄の面白さを忘れていく。
    
    人間なんて労働して食って寝て交尾のタイミングを窺っていれば生物として最低限の仕事は完了。それらが終わったらあとは群れの隅っこで死期を待つだけだ。俺が大好きな音楽とか映画とか本とかはそういう生物としての一生を終えるためには全く必要ないもので、言ってしまえば無駄なものなわけだ。でもその人生の無駄の積み重ねが人の人としての一生を豊かにしてくれるものなのだから、死の後ろ盾を前に構えちゃダメなの。

    死を覚悟した人や欲を捨てた人は強いらしい。人の行き着く先が無私無欲の境地だとしたら俺には退屈すぎるので行き着くのは遠慮するし、強くならなくて良い。無駄なこと沢山しながら、死をすぐ後ろに置きながら、恥かいて挑戦していくんだ。