本当に大切なことは誰にも教えたくない

10年ほど前からメンタルを傷つけて病んで悩んで、自分なりに導き出した結論。たまに日常。

上手いではなく好きと

    大抵の人はそれなりに努力すれば、それに伴ってそれなりの技術を獲得できる。そしてそれなりの技術を持つと、自分の上にどれだけの人間がいるのか何となく見えてくるし、長くやればやるほど頂点が果てしないことも分かってくるから、自分の技術をいくら下の人間に上手いと褒められた所で素直に喜べるものではなくなってくる。
    だけど「上手い」ではなく「好き」と言われると少し感じ方が変わるはずだ。確かに正当な評価の為には、その技が「上手い」のか「下手」なのか見抜く目が必要なのは確かだ。でも先に述べたように、それなりに努力すれば技術はそれなりに付いてくる。最も大切なのは努力に比例しない自己表現力だ。技術的に素晴らしいものを持っていても、自分の世界を表現出来ない人が生み出すものに魅力を感じる人は少ない。
    好きかどうかコメントを残す人たちが見てるのは技術ではなく、その先にある表現者の世界観だと思う。その世界にこそ自己表現が内包されている訳で、そこを好きと感じることは表現者が心に描いている世界が好きだという事だ。
    人は自分の世界を認められると嬉しいものだ。俺はそれなりの技術を持ってる人が本当に望んでいる評価はそっちなんじゃないかと思う。

    俺も自分の表現を好きと思われてるといいな。せめて本当に身近な人にはそう思われたいな。まあまずは、それなりの技術を備えないと。