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本当に大切なことは誰にも教えたくない

10年ほど前からメンタルを傷つけて病んで悩んで、自分なりに導き出した結論。たまに日常。

神を信じる理由は

考え こころ 未完
    神様はいた方が面白い。俺にとって神を信じる理由にそれ以上は必要無い。少なくとも俺が生きてる時代で神の存在が肯定されることはないだろうし、否定されることもないだろうからね。

    唐突な話だが、実は俺の家系はある宗教を信仰していて、俺も生まれて直ぐに本人の意思も確認されないまま会員になっていた。まあ世界で有名な宗教に比べれば、生活に関する厳しい戒律みたいなものは無いし、宗教にしては考え方も妙に現実的で実用的だから、俺みたいな意志が弱いくせに小賢しい人間には都合がいい。

   もしどこかに存在していて、本当に難を取り去ったり軽減したりしてくれるなら、その力を借りない理由はない。当然俺自身のこともあるけど、俺にだって幸せに過ごしてほしい家族や友達はいる。でもその全ての人達に俺の手は届かないし、人によっては目も届かない。だから神に祈る。毎日少しの時間を掛けるだけで、周りの人達を守ってくれるなら言うことない。何よりそれで俺が納得出来てることが重要だ。故に、祈りに反した事が起これば、神が相手だとしても厳しい非難は送る。
    そう考えると、俺が神を信じる本当の理由は、俺の心が納得するには非常に都合が良いからなのかな。まあ、それでもいっか。信じた心はいずれ俺に返ってくるわけだし。

    ここで一つ言っときたいのは、俺は祈りの中で

"彼らに降りかかる災難を消してくれ"

なんて絶対に言わない。人が自分で納得いく様に生きていけば、対峙しなければならない困難というものは必ず現れる。だから俺の祈りは、

"強大な困難に直面しても、打ちひしがれても、また前へ進むのを手伝ってあげてくれ"

にしてる。弱ってもまた復活する心さえあれば人は生きていけると信じてるからだ。

    ちなみに、俺が信じてる神はそんなにメジャーじゃない。だからメジャーな神様や仏様よりは何となく祈りが届きやすそうでしょ? 

頼む、みんなの心を守ってくれ。
明日も明後日もずっと祈るから。