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本当に大切なことは誰にも教えたくない

10年ほど前からメンタルを傷つけて病んで悩んで、自分なりに導き出した結論。たまに日常。

病むべくして

 人が心を病んだ原因は人の数ほどあるはずだよね。

    ろくな信念の無い蔑み、大切な存在の消失、真面目故の重責の蓄積、その他にも挙げていけば無限に存在するだろう。悲しいけど。

 上記の事例に共通しているのは、外からの力を受けていることだ。俺は、このように外から力を受けて病んでしまった人たちは本来病むべき人たちではないと思っている。きっと彼らは環境が少し違えば病むことを回避できたはずだ。

 

 残念ながら俺は違う。特別という意味で違うというのではなく、恐らく俺と同じように『違う人』は、そうでない外からの力を受けて病んだ人と同じ数だけいると思うよ。

    病みが始まった後に外から力を受けて病みを加速させはしたが、直接的な要因は俺自身の内部に、相当幼いころからずっと孕んでいたものだと最近思い始めた。いや、本当はとっくに気付いてたけど、認めたくなかっただけだね。

 俺はガキの頃から感性が他の子らと少しだけズレてた。ほんの少しだけ。大抵の人が感じ取れない何かを感じ取ってしまう。人間なんだからそれぞれ誤差程度のズレはあるものだと思うかも知れないけど、その誤差に収まらないズレだ。その感性が正しいとか間違ってるとかはどうでもいい。とにかく感じてしまうものは感じてしまうんだ。そしてその感性に従って行動してしまう。人が感じないものを感じられることは、それ自体完全にネガティブなものだったわけじゃないはずだったんだけど、俺はその感性の使い方をちゃんと考えてこなかった。

 俺が少し異質だったことは親も気付いてたらしいし、他人も俺と話すと、どこかこの人は変な感性持ってるな、と感じるらしいから多分あってる。あとよく面倒見てくれた高校の先生にも言われたしね。

 とにかく、このズレを持っている限り、いずれ世間との齟齬に苦悩するようになる。

 案の定小学校3年の頃から何故周囲の人間たちは俺と同じモノを察知しないのかと悩んだ。そしてさらに成長し、それが表面に浮き出るようになってからは、嘲笑の標的にされ苦悩が加速する。結果心をぶち壊すことになった。

 俺が病んだ原因は俺自身の内部にあった世間とのズレ。ちょっとだけズレた感性だった。だから俺は外から力を受けて病んだ人たちとは少し病み方が違う。病むべくして病んだ側の人間なのだから、この病みが治ることは生涯ないね。苦痛から抜け出す方法は、このズレた愛を受け取ってくれる人を見つけ出すこと以外には知らない。