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本当に大切なことは誰にも教えたくない

10年ほど前からメンタルを傷つけて病んで悩んで、自分なりに導き出した結論。たまに日常。

視線

考え こころ 昔話

    幸か不幸か俺の目は比較的パッチリしてる方で、しかも長いまつ毛のお陰でその印象を一層強めてくれる。世間的には目は大きい方が良いんだろうけど、俺としてはそんな簡単に受け入れられない悩みの種の一つだ。

    高校1年の頃、俺が一番笑い者にされてた時期。俺の視線が動くだけで周囲がざわざわする。笑いが起きる。笑いが止まらない。当時の俺は、視線を動かすことも許されていなかった。次第になるべく瞼を閉じるようにして生活するようになり、もう許されてるはずの今でもその癖は抜けず、たまに意識して目を開いてやると、瞳がスースして涙が出ちゃう程だ。高校の頃は大半の人に俺は目が細い人として認識されてただろう。自分の視線に注目される苦痛が最悪に達した時、眼が無くなれば良いと思って何度か自分の眼を潰そうと指で圧迫したこともあった。結局その時は潰すことはできなかったけどさ。
 
    今はなるべく目を開くようにしてる。でも3年続けた習慣はなかなか抜けず、やっぱり日常的に目を細めてしまう。ただ、最近は必ず目を開く時間というのが見付かって、それは大切な友達と会話をする時。何でか分からんけど、その人と目を合わせて会話をしていると、自然に目が開く。彼女の目は俺の目よりももっとパッチリしていて綺麗。その人の事を大切に思う理由は沢山有るけど、そんな所にも惹かれたのかも知れない。その子は俺の視線を笑わないし、俺の視線と自分の視線がぶつかる事を嫌がらない。むしろ歓迎しているような表情を見せてくれる。だからつい、ずっと見つめてしまう。ちゃんと2人で話せる時間は全然無いけど、せめて彼女には俺の目がどんな色をしているのかを覚えておいて欲しい。死んだら目の色とか大きさなんて分かんなくなっちゃうしね。
    これからはそういう人が少しずつ増えていけば良いなって本当にちょっとだけ、心の一番端っこで思ってる。