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本当に大切なことは誰にも教えたくない

10年ほど前からメンタルを傷つけて病んで悩んで、自分なりに導き出した結論。たまに日常。

自分の怖さ

昔話 こころ

 また幼馴染関連の話で申し訳ないけど、昔彼女に言われて初めて気付いた自分の怖さみたいなものがある。

 当時の記憶に従って言われたことをなるべく忠実に書くと、
「あなたは本当にアホかってくらい優しい。甘さとか、ヌルさがない本当の優しさを持ってる。ただ一つわたしが怖いのはね、心から大切にしている人や物のためなら、自分が持ってるあらゆる物を犠牲にしてしまうところ。あなたがわたしのことを凄く大切に思ってくれてるのは日頃から良く感じられるけど、もしわたしに何かあった時、しかも自分の過失じゃなくて加害者がいた時、その加害者をどうにかしてしまいそうで怖い。わたしが自分の力で動けるようになるまでは一緒にその苦しみを噛み締めてくれるかも知れないけど、その後はわたしの知らない所で、抜かりなく、一番残酷な方法で優しかった自分を失いながら加害者を除去しそうで怖い」
といった感じ。
 それを言われたとき、確か俺は何も言わずに黙って聞いてた。ただ、多分俺は言われた通りの行動を取るだろうとは思った。 
 これを言われるもっと前には、激昂して我を失った俺を見て、大切な人が傷つけられたとしても、感情を制御できず自分を失う姿を見るのは苦しいと言われ、理性を捨てたキレ方はしないと決めていた。
 そんな決意を持った俺を見て彼女の頭に浮かんだ新しい懸念が所謂 "冷静な怒り" だったんだと思う。
    昔から自分が大切に思ってる人を護りたいという気持ちが強すぎるのは自覚してる。何故なのか考えてみると、その大切な人たちは、その存在自体が俺の生きてる理由になってるからだった。今でもそう、勝手にその人の為に生きて、勝手にその人の為に自分を磨り減らしてる。今後そんな大切な人たちに何かあった時に自分をコントロール出来るかわからないし、出来たとしても俺は何かしらの行動に出ることは容易に想像がつく。今冷静な俺の願望としては、大切な人が悲しまなきゃそれでいい。
 まあ色々言ってきたけど、好きなんだから仕方ねぇじゃん。
 誰だって動こうと思うでしょ?