読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

本当に大切なことは誰にも教えたくない

10年ほど前からメンタルを傷つけて病んで悩んで、自分なりに導き出した結論。たまに日常。

心配するということ

    他者へ向けた「心配」というのは、自分にとって特別な意味を持った人の安全や健康が脅かされた時に発生する感情だ。
    何故かは分からんけど、そんな状況になると心がザワザワして、イラついたり、悲しくなったりする。これは人にとってかなり大きな負荷だと思う。
    そこで、タバコという嗜好品を例に俺なりの「心配すること」について書いてく。タバコはそれを楽しむことによって循環器や呼吸器に障害が現れる可能性が上がるということは広く知られている。これは心配という感情の発現の条件として一片の不足もない事象だと思う。そこで問題となるのは、そんなタバコを吸う連中はそれを知ってて、しかも自虐しながらそれを楽しみやがること。
    俺は、タバコを吸うあなたのことが心配だ。いつもその様子を見たり、聞いたりすると、自分の勝手だからと無理矢理納得して表には出さないけど心は騒がしくなってる。
    で、結局何が言いたいかというと、こんなに人に心配をかける阿呆には、人を心配する資格なんかねえってこと。散々心配してるのに、笑顔で体を虐める大切な人を見せ付けられることを、お願いだから、もっと、リアルに想像して欲しい。どれだけ非情なことなのか実感して欲しい。
    それをやめてくれないなら、お前らがどんだけ心配してくれようと、俺は手首を切り裂くし、首を縄に通すし、薬を飲み干すから。

    まあ、別にいーけどさ。