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本当に大切なことは誰にも教えたくない

10年ほど前からメンタルを傷つけて病んで悩んで、自分なりに導き出した結論。たまに日常。

決して心配しないでください

こころ 日常

 最近は双極性の波が激しく、色んな所で文字で弱音を吐いているけど基本的には元気です。俺の部品で一番強気なのが口で、一番弱気なのが手だから、スマホやパソコンをいじってるとつい指が下向きなことばかり打ってしまうだけなのです。この大きな波の中で吐く弱音は最後になるようにするので、今日もここに少しだけ今の気持ちを刻ませてください。

 

 これは俺が俺自身へ宛てた言葉。この言葉は恐らく俺特有のものではなく、人の病んだ部分をもった心なら普遍的に浮かぶ言葉だと思います。

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 僕は変わらず元気なので決して心配しないでください。そして、僕があらゆるサービスで突然姿を見せなくなっても僕のもとに駆け付けるようなことはしないで下さい。その時はもう声を掛けるどころか、誰も僕の姿を直視することすら出来ないでしょう。

 声も届きません。返答もできません。だから、決して心配しないで下さい。もはやそうなってしまった時には、お互いにとってお互いの存在に意味が無いのです。

 人が人を救えるチャンスというのは限られています。それは僕も数人の知人を失って身に染みて学んできました。僕のもとへ駆けつける余裕があるのなら、まだ可能性が残っている救うチャンスを掴みに走る方がよっぽどマシです。

 これでお互いゆっくり休めるのです。本を読んだり、音楽を聴いたりできます。だから、決して心配しないでください。

 その心に浮かんだ疑問も後悔も謝罪も無駄なのですから、心からも僕の存在を消してください。あなたの心の中に無理矢理つくってくれた僕の居場所は狭すぎます。消してください。

 消して、忘れて、幸せになってください。

 

 

 キーボード叩く度に目の前ピカピカ光ってクラクラしたけど、こんだけ書いたら少しスッキリしました。もう心に溜まった濃い毒を吐いたので大丈夫ですよ。

 俺は元気なので、決して心配しないでくださいね。

自分のことなんて大嫌いだ

こころ 考え

 俺の様に精神病んでる人の話を聞いていると、自分を好きになれないという人に沢山会う。もう好きになれる所なんて一つもなくて、死んでしまいたいとまで言う人にも会うけど、大抵の人は本質的には自分のこと大好きな人ばかりだなあと思うことがほとんど。

 今回はなぜそう思うのか簡単に自分の経験を織り交ぜながらまとめておく。

 答えはスーパー簡単です。

 

 俺も少し前までは自分のことなんて大嫌いだと思っていた。

なんの迷いもなく、そう納得していた。

 

 いきなりこれがおかしい。

 

 何で大嫌いな人の思考を何の抵抗もなく受け入れてんのさ。自分を嫌いであるという感情はまさに自分のもの。本当に自分の人格が嫌いなら、自分が思うことに対しても反発するはずだ。人間性を否定するのなら、精神活動も思考も否定しないと話の筋が通らない。

 逆に言えば、前向きな考え方も否定しなければならないということだ。俺には大好きな音楽、大好きなスポーツ選手、大好きな友人が沢山いる。その人たちを好きだと思う気持ちを否定することが出来ないのなら、もはや完敗。

 自分なんて大嫌いだと無抵抗で思う自分と、好感を否定できず素直に受け入れていることに気付いた俺は、割と自分の事が好きみたい。というか大嫌いなはずの自分の考え方にそう論破される形になってしまった。

 俺はこういうシンプルな考え方を積み重ねていくのが好きだな。