本当に大切なことは誰にも教えたくない

10年ほど前からメンタルを傷つけて病んで悩んで、自分なりに導き出した結論。たまに日常。

決めた

 昨年は、二度と味わうことはできないと思っていた青春を体験することが出来た。多分それが、人として感じることのできる最後の幸福だったんだと思う。

 
 いまはお陰様で、三ヶ月以上も寝込んでいる状態が続いている。
 もう治ることはない。
 
 人の不幸を喜ぶ人のために不幸のまま生きているわけじゃないし、家族を不安にさせて家計を蝕み、誰かの幸不幸を願うために苦しみに耐え続けているわけでもない。
 誰の言葉も信じてはいけない。今年は自分の命を絶つ為だけに、心身を浪費すると決めた。
 
 きっと、人生最悪の一年になる。

ざまあみやがれと笑ってくれる人

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色々あって現在は休職中だ。

 

ろくに体も動かさないで、まあ厳密に動かせないのだけど、通院日以外は家のベッドの上にいることが多くなった。

 

客観的に見れば、きっと無様か哀れな姿なんだろう。知り合いの中にはざまあみやがれと笑ってくれる人だっているはずだ。それでも良い。

体調が良くならないのは、様々な要因が重ね合わさっているからなのは明白だが、一番大きいのは未だに現在の会社と縁が切れていないからだと思う。俺は今の会社にいても、幸せにはなれない。かと言って、将来に家族や安定や贅沢を求めるなら、簡単に職を失うには俺は年を取りすぎた。

選択肢はあまり多くない、残念だけど。

 

 

ベッドの上にいると、考える時間が沢山ある。ネガティブなこともポジティブなことも、好きなだけ時間をかけて思考を巡らすことが出来る。知的生命体にとって、何よりの幸福だと思う。

比較的体の調子がいい時は、創作活動に時間を費やす。ずっと頭の中だけで組み立ててきたアイディアをようやく本にするんだ。完成するといいな。

 

俺は今の自分の状況と理想とのギャップが、もはや取り戻せないほど大きなものになってしまっていることを知っている。ただ、最近思うのは、俺は意外と自分の人生に満足しているという事だ。家庭は不安定だけど、心から信頼できる友達はそばにいないけど、美味しいものを好きなだけ食べられるほど裕福じゃないけど、今の環境はそんなに嫌いじゃない。

むしろ好きだよ。

 

万が一、体が自由に動くようになったら、俺はきっと正しいことをすると思う。現状に満足し、これ以上を求めない四半世紀生きた男として、正しいことをする。

 

それだけはわかる。

いや、それだけしかわからない。