読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

本当に大切なことは誰にも教えたくない

10年ほど前からメンタルを傷つけて病んで悩んで、自分なりに導き出した結論。たまに日常。

研究グループの現状がとても不満

1338文字

 俺は自分が所属している研究グループの現状がとても不満だ。

 自分が所属している組織の悪評を綴るのに、タイピングする手がスムーズに動くことはないのだけど、もう所属して3年目だし、幕を下ろす時期が現実味を帯びた研究グループの今後についても考えていこうと思う。

 ただ先に、俺自身が所属する研究室と教授に関しては何一つ文句の付けようがなく、その点においては満足しているし、寧ろ俺が行っているような、不確実性が強い仕事の可能性を信じてサポートしてくれる環境を有り難く思っているということを言っておきたい。

 

グループの強み

 世界に誇る研究グループオリジナルの測定手法を持っている。実績について記述してしまうと研究グループと個人の特定に繋がる恐れがあるので詳しく書けないのが悔しいが、物理学のとある分野では知らない人のいない研究グループということらしい。また三つの研究室が共同で研究を行うことで、同一の分野に対して異なる立場の専門家から意見を聞くことが出来、多方面への応用力を持つ。また歴史が長く、偉大なOGOBに加えて広範囲に及ぶ人脈を持っている。

 こんなもんしか浮かばない、情けない。

 

グループの弱み

 三つの研究室が互いに何を目標にしているのか正しく分かり合えていないので、意見の衝突と齟齬が頻繁に起こる。長い時間をかけて配属される学生の母体である大学のレベルが下がり、徐々にグループ全体のレベルが落ちている。さらにそのことについて、指導する側の教授陣の認識が薄く、外部の人脈とのバランスが崩れている。研究分野の面白さを伝える人が少ないので、新しく入ってくる学生の研究意欲が異常に低い。

 不思議なことに多くの場面で、研究者としてのメンタリティや技術、ロジックを組み立てる能力、そして研究に対する好奇心すべてが

    DC<B4<<MC(俺らの世代)

という異常事態に陥っている。その為、去年度M2だった何人かの先輩がDCに進むことを決めたとき、研究グループ全体で「え......」という不穏な雰囲気が漂った。少なくともストレートでの学位取得は不可能だというのがグループの総意だと思う。

  まあ後はシンプルに人の心身の安全に関わるストレス、特に同調圧力が蔓延していて、その解消に力を入れる人間が少なすぎる上に、それが原因で起きてしまった事故に対して責任だとか義務を果たさない人間の存在を許している時点で末期なのかなと感じてしまう。

 

今後について

 残念ながら組織の中心人物である俺の指導教授は、あと数年で退官という運びだ。その時点でほぼ研究グループは解散の流れになるんだろうなと思う。というのは、残り二つの研究室のうち一つの研究室は他に自分らを中心とする組織を組み立てることに尽力していて、我々の研究グループの精神から離れているからだ。つまり、一人が退官、一人がいずれ独立という形になるので、もはやグループとしては機能しない。

 

 研究グループを存続させるために取れる手段としては、OBOGや同一分野の教授を招聘して、新しい風を吹かせた研究室の数と学生の確保に努める他ないと思う。

 

 悲しいけど、組織として華がある内の修了生は、俺らの世代が最後かな。

人間嫌い 跋:自分

1276文字

人間という生物を嫌う

 人間が嫌いな人って沢山いるよね。自分も人間のくせに。

 でも彼らって文字通り地球に存在する人類全てを嫌ってるわけではなく、心の拠り所として『この人だけは特別』をつくりがちだ。

 ちょっとずるいと思う。

 

 人が人間という生き物を嫌うに理由はいくつかある。

簡単に想像がつくのは、

・思い通りにならないから。

・姿や行動が醜いから。

・過去に酷いことをされた/した。

こういう人間の醜い性質に起因する人以外は別に人間が嫌いなわけじゃないと思う。自分は人間嫌いだって言う多くの人は、大抵他者との繋がりを気にして行動することが面倒なだけだ。

 全ては一言、人間関係を維持するのが面倒なのを、嫌いだと言って壁を作っているだけだ。

 

本当に大嫌い

 俺自身は人間なんて本当に大嫌いで、今すぐ滅んで良いくらいだと思っている。宇宙の観測者としての役割は他の星の生命体やら思念体に任せておけば良い。

 ここで重要なのは上で述べてきたように、嫌いだと言う理由だ。俺は人と人との繋がりというのはある程度のストレスレベルまでなら目を瞑って、維持していくだけの価値があるものだと考えている。だから気を使う事を面倒とかそういう風に思ったことはない。

 人間の歴史は戦争の歴史と言われるほど、残虐な一面を持つ生物。規模の大きな戦争から、隣の人間の心を破壊して自殺に追い込むいじめまで、現実を直視するには覚悟のいることが沢山ある現代において、とてもゆっくりではあるけど前進しようとする姿勢は美しく、大小の社会の発展に繋がるはずだ。造形に関しては生理的に拒否反応はないし、特に女性が支配的に持っている曲線には男は一生勝てない。

  つまり俺が人間を嫌う理由は、最もシンプルで、他人にされた酷いことと他人にした酷いことへのトラウマからだ。自分を中心に起きた出来事が頭から離れず、言われた言葉が耳から離れない。同じ過ちを犯すのがこわい。

 しかし最初に書いたように、全人類を嫌っているわけではなく、母親だったり、数少ない友達だったり、学校でお世話になった先生だったり、研究室の教授だったりは感謝と尊敬の対象だし、一丁前に好きな人がいたりするわけで、完全に特定の人は人間嫌いの枠から外れた『特別ルール』を作ってしまっている。

 

好き嫌いの共存

 では、ある物事に対して好き嫌いの感情は共存しえない矛盾した思考なのだろうか。そんなことはない、成熟した人間の心理的な性質として、しっかりと「アンビバレンス」という一人の人物に対して相反する感情を持った状態があることは広く知られている。

 

 そもそも心理学的な状態の話なんて、そんな面倒なことはサポートとして知識は持っておけば良くて、シンプルに人間嫌いと、ある特定の人物だけ好きになることは矛盾していない。だって恐らくその人はきっと周りにいる多くの人には無い特別な性質を持っているはずだからだ。特別なモノには特別な配慮が生まれるのは当たり前。

 

 だから俺は声高らかに宣言し続ける。

 俺は人間が大嫌いだ!