本当に大切なことは誰にも教えたくない

10年ほど前からメンタルを傷つけて病んで悩んで、自分なりに導き出した結論。たまに日常。

それでも手を差し伸べる

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 かれこれ11年も精神疾患を持ちながら生きてきたことになる。

 11年あって家の外で出会えた理解者は5人程度。これはかなり多い方だと思う。少ない人なら100年生きても1人も出会えないだろうし。とはいえ、その5人とずっと仲良くしてたわけじゃないし、今では親しくしている人も1人だけだからそんなにずっと賑やかってわけでもない。ゼロの時間が占める割合が圧倒的に長いわけだしね。さらに言えば、俺の声を聞いてくれる5人に出会うまで、1人に対して最低でも100人の聞こえていても聞こえないふりをした人に素通りされてるわけだから、それなりに苦労はしてきたつもりだよ。

 冷静なときの俺は、ちゃんと面倒見られないなら声をかけるべきじゃないし、縋り付く手を拾わない方が良いって思ってる。中途半端に力を貸して途中で投げ出すか、最悪共倒れで終わるだろうから。俺だって自分の体調を最優先にして、何百という悲鳴を見過ごしてきた。

 TwitterでもFacebookでもなんでも良いけど、明らかな見て見ぬふりをかまされたときは相当腹立つし、本当に飛び降りて呪ってやろうと思うし、同じ病気になれば理解してくれるなら同じ病気になれば良いのにって一瞬だけ思ってしまう。でも次の瞬間にはその考えは間違いで、絶対に同じような苦しみを味わってほしくないし、万が一同じように苦しむような事態に陥ったら、無視されてきた怒りとか悲しみとか色々思い起こすんだろうけど、それでも俺はその人に手を差し伸べるんだろうなって思う。

 

    話し相手くらいにはなるよ、それから適当な踏み台にしてくれ。

少し太った + 体調更新

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 秋冬は体調が下落する傾向にあります。今年は遅れてやってきた二つの台風の影響をモロに喰らってしまい、綺麗に二段階調子を落としました。

 例年は落ち込んだ時は薬の力を借りて半ば強引に上げますが、今年はそれだけでは上手くいかず色々な手段を併用しています。

 

 例えば昔みたアニメ。

 中学校の頃、学校に通えなくなった時期にずっと家に籠って見ていたアニメを見直したりします。年を取ったし、当時の嫌なことを思い出しそうだし、もう見てられないかな、とも思ったんですけど意外と楽しんで見させて貰ってます。

 あと今まで落ちたときには出来ていなかった友達とお話っていうのもなかなか良いと思います。今の私と過去の私で大きく違うのは、その点だというのは明らかで、過度な心配や素っ気ない態度もない距離感の友達がいることは、本当に救いです。

 落ち込んでいるときに頭のなかでグチグチ悩んでいるよりも、人と会話して、自分の中に変化を持ち込むことがいいことなのだと分かりました。

 

 それから、寝る前はなるべくその日あったポジティブなこと、これから訪れて欲しい幸せな景色を想像して明るい気持ちで一日を終えるようにしています。落ちている時そうすることは簡単な事じゃないし、日頃

”明日、目を覚ましませんように”

と祈りながら眠りについていることもあるくらいで、素直にそう思うのだから仕方ないけれど今は少し捻くれて

”明日の俺は、明日も目覚めたいと思えたらいいね”

とイヤミっぽく祈るようにしている。

 

 あと最後に日常的に鏡を見て、自分がどんな表情しているか確認することは本当に大事ですね。まだまだ目に力がありそうなので安心。

 少し太ったのはご愛嬌ってことで。